すきなくらし

映画、ドラマ、小説、舞台等の感想記録と、たまに雑記

レイ・ブラッドベリ『刺青の男』感想/美しさと孤独溢れる短編集

小説ではたいていなんでも読む(つもり)の私ですが、SFは守備範囲外だと思っています。
物理や化学満載で、訳分からなくなりそうな、私の苦手なイメージ。

今回読んだのは、そんな苦手イメージのあるSF界の巨匠、レイ・ブラッドベリ
数年前『太陽の黄金の林檎』の最初の一話『霧笛』だけ読み、合わないなと思ったのか、そのまま放置1
そんなブラッドベリの作品を何故また読もうかと思ったのかというと、映画『ロケットマン』の存在があります。

映画のタイトルにもなっている、エルトン・ジョンの楽曲『ロケットマン』は、作詞のバーニー・トーピンが、ブラッドベリの短編『ロケットマン』に影響を受けて書いたらしい、と知ったからです。

映画『ロケットマン』に揺さぶられた人間としては、読まないわけにはいかないなと。



先に結論だけ言うと、ものすごーく良かったです。

まずプロローグ読んでる時にもう、「あ、好きだ」って思いました。
まずこの「刺青」の設定から好き。美しい。

作品自体は短編集です。

文明批判、抒情的なもの、子どもの反乱、孤独感溢れるもの、静謐な美しさ漂うもの。哲学的なもの。

苦手なSFの作家だと思っていたブラッドベリの作品は、むしろ文学的な空気でした。
SFという、「私たちのいるところとは違う世界」を舞台に描かれる人間と、人間じゃないものの姿。

それは美しく、恐ろしく、時にどうしようもないほど孤独で。
愛に溢れた優しい瞬間もある。

こんなに私好みの作家だなんて知らなかった。 こんなに心奪われるなんて。


久しぶりに作家読みをしようかなと思います。
今回は図書館で借りたけど、これからは買い集めたい。


何作か特に印象深いものの感想も下記にチラッと書いときます。



内容紹介

暑い昼さがりにもかかわらず、その男はシャツのボタンを胸元から手首まできっちりとかけていた。彼は、全身に彫った18の刺青を隠していたのだ。夜になり、月光を浴びると刺青の絵は動きだして、18の物語を紡ぎはじめた……。流星群のごとく宇宙空間に投げ出された男たちを描く「万華鏡」、ロケットにとりつかれた父親を息子の目から綴る「ロケット・マン」など、刺青が映しだす18篇を収録した、幻想と詩情に満ちた短篇集。 (ハヤカワ・オンラインより)


『草原』

まず強烈だった最初の一編。

オチ自体は想像できるものですが、それは重要なことじゃない。

文明が、技術が進みすぎて、人間は機械に守られ育てられる。
もはや両親は両親ではなく、子ども達にとっては「家」が家族。

機械に支配され、親の役割を解かれること。
子ども達の何の躊躇いもない行動にゾッとします。


『万華鏡』

「万華鏡」は星々ではなく、彼らのことではないか、と思った。 ロケットから放り出され、それぞれ宇宙空間に散らばった、彼ら。ただ死を待つばかりになった人間たち。仲間は皆散り散りになって。

確実に逃れようのない「死」を目の前にした時、人は皆自分の人生を振り返るでしょう。

自らの空虚な生涯をつぐなうために、せめて最後に何か「いいこと」をしたい、と望んだ主人公に訪れる、奇跡のような運命。
願いは聞き届けられたのか。
儚いような、ささやかな美しさの結末に震えました。

おれはどうすればいいのだ。恐ろしい空虚な生涯をつぐなうために、何かいまできることがあるか。おれが永年かかって蓄積したみすぼらしさ。自分では夢にも知らなかったみすぼらしさのつぐないをするために、なんでもいい、一つだけ善なることができたなら!しかし、ここにはおれ一人しかいない。一人ぽっちで、どうして善なることができよう。できはすまい。


『ロケット・マン』

元々の御目当てのこちらの短編。
これがもうまた、素晴らしく、大好き。

愛する家族がいながら、幾たびも宇宙に旅立つロケットマン
家に帰れば宇宙に出たいと思い、宇宙にいれば家に帰りたいと思う。宙に浮いたような存在。
家族を愛し、家族に愛されてるにも関わらず、私に感じられるのは深い深い孤独感。 妻も息子も、彼の世界には入れない。彼ただ一人きりの世界。誰にも彼を留めておくことはできない。

美しいばかりの孤独感にうっとりする、物悲しい作品。

ふと見ると、機械じかけのポーチに父さんが座って、しずかに揺れている。父さんの顔は上を向き、夜空に輝く星の運行を眺めていた。その目は、月の光をうけて、灰色のガラスみたいに見えた。


『ロケット』

これはすごく暖かい作品。
ロケットに夢を見る人間たち。
でもロケットに乗るのはお金持ちだけの特権。お金がないと、それはただの夢。
自身の限りない夢と、子どもたちの希望を叶えた一人の男性。
大枚はたいて、現実的には馬鹿かもしれない。でもなんと優しく、暖かく、輝くような父親なのか。

「パパ、どうもありがとう」
「お礼なんか言わなくてもいいさ」
「いつまでも忘れないよ、パパ、絶対忘れないよ」

バスのなかで読んでたのに、子ども達の言葉に涙が溢れた。


刺青の男〔新装版〕 (ハヤカワ文庫SF)

刺青の男〔新装版〕 (ハヤカワ文庫SF)




  1. この『刺青の男』があんまりにも好みなんで、これを読みつつ『霧笛』を読み返してみたら、あまりの美しさ哀しさにうってなった。すごく良かった。なんで前はダメだったんだろう。成長したんだな私。