すきなくらし

映画、ドラマ、小説、舞台等の感想記録と、たまに雑記

『ロケットマン』感想〜自分を愛する幸せ

 

キングスマン』で一気に人気を集めたタロン・エジャトン主演。
そして私が一番好きな俳優である、ジェイミー・ベルが共演。
で、楽しみにしていた映画『ロケットマン』。

サウンドトラックが発売されて、予習しとくかーくらいの軽い気持ちで聞いたら、もう最高で。
そこから更に楽しみ度が上がって、やっと公開です。

公開初日に観てきました。そして数回リピートしてます。まだ通います。

※最終的に映画館では9回鑑賞しました。

 

 

 

 

スタッフ

監督:デクスター・フレッチャ
製作:マシュー・ボーンデビッド・ファーニッシュアダム・ボーリングデビッド・リード
製作総指揮:エルトン・ジョンクローディア・ボーンブライアン・オリバーティーブ・ハミルトン・ショウマイケル・グレイシー
脚本:リー・ホール

キャスト

タロン・エジャトン
ジェイミー・ベル
リチャード・マッデン
ジェマ・ジョーンズ
ブライス・ダラス・ハワード
ティーブン・グレアム
テイト・ドノバン
チャーリー・ロウ
ティーヴン・マッキントッシュ
トム・ベネット
オフィリア・ラビボンド

解説

グラミー賞を5度受賞したイギリス出身の世界的ミュージシャン、エルトン・ジョンの自伝的映画。並外れた音楽の才能でまたたく間にスターへの階段を駆け上がっていった一方で、様々な困難や苦悩にも満ちたエルトン・ジョンの知られざる半生を、「ユア・ソング(僕の歌は君の歌)」や「ロケット・マン」など数々のヒット曲にのせたミュージカルシーンを交えて描いていく。イギリス郊外の町で両親の愛を得られずに育った少年レジナルド(レジー)・ドワイトは、唯一、音楽の才能には恵まれていた。やがてロックに傾倒し、ミュージシャンを目指すことを決意したレジーは、「エルトン・ジョン」という新たな名前で音楽活動を始める。そして、後に生涯の友となる作詞家バーニー・トーピンとの運命的な出会いをきっかけに、成功への道をひた走っていくが……。日本でも社会現象となった大ヒット作「ボヘミアン・ラプソディ」で、降板した監督に代わり映画を完成させたデクスター・フレッチャーがメガホンをとり、「キングスマン」シリーズのマシュー・ボーンが製作を担当。同じく「キングスマン」シリーズでブレイクしたタロン・エガートンがエルトン役を務め、吹き替えなしで歌唱シーンもこなした。エルトン・ジョン本人も製作総指揮に名を連ねている。

映画.com

感想(ネタバレなし)

まずはネタバレなしで感想を。

期待値は高かったが、本当に素晴らしかった!!!
明るくキャッチ―な曲の数々は魅力的で、「ミュージカル映画」にふさわしく、なんとも場面にぴったりな選曲をしてくる。もう「映画のために書いたんじゃないの…?」と思うほどのハマり具合。
映画のために書いたのではないのに、曲が歌詞があまりにも心情を上手く語っていて、震えるほどに良い。これぞミュージカル。
ミュージカルらしい群舞もあり、派手な演出もあれば、しっとりと聞かせる曲も多数。ミュージカル的に歌うだけでなく、BGMとしても多く使われている。それもまたすべて場面にぴったり。すごい。

それに、あまりに映画でエルトンの心情に歌詞がハマりすぎているから、エルトンじゃない人(バーニー)が歌詞を書いてるなんて信じられない気持ちになる。
まさに一心同体。音楽の面では、二人で一つ。

 

語られるエルトン・ジョンの半生は辛い。愛されない、愛が欲しい。孤独が深まるほど、絶望に落ちるほど、彼の衣装、ステージパフォーマンスはどんどんド派手になっていく。その対比があまりに辛くて、胸が締め付けられる。苦しくてたまらない。

 

派手な「ミュージカル」に彩られているけれど、内容自体はとてもシンプル。
愛を求め、自らの身を滅ぼしかけ、そして復活するスター
普遍的な内容で、それゆえにあらすじだけ引っ張ると似たような作品は多々あるけれど、この作品の吸引力は尋常ではなく、もう完全に虜になってしまっている。

 

こんなに辛くて苦しくて胸が痛くなっても、あのラストが観たいから何回も観てしまう。いや、もうあの辛さも含めて全て観たいから。観るほどに全てが愛しくて、大好きで、輝きを放ってる映画だから、もう完全に、私の人生の一本になっている。

 

大スターの半生だけど、極めてパーソナルな物語。
だからこそ、私たち一般人にも、波乱万丈な人生を送ってない人にも、とても響くものがある。
メッセージは皆に通じるもの、「自分を受け入れ愛すること」だから。

頑固で意地っ張りで、虚勢を張るエルトンが悲しくて。「ここで素直になっていれば……」と思うシーンの多いこと。「本当の自分が愛されるわけがない」という思い込み故に自身のことが大嫌いだったけど、本当はそんなことなかったのに。

エルトンは大スターで、私みたいななんの取り柄もない人間とは違うけど。あんな波乱万丈な人生は送らないけど。どんなに孤独で辛くて苦しんでも、どんなに自分が嫌いでも、全てを乗り越え自分を愛せるようになった彼に、とてつもなく勇気を与えられる。人生に希望を与えてくれる。

何より自分を受け入れ愛するという、人によってはすごく簡単で、人によってはとてつもなく難しいけど、一番大切なこと。このストレートなメッセージ性が、胸を撃ち抜く。

 

辛い映画だけど、回を重ねるごとに、幸せなシーンの輝きが尋常ではないほど増して見える。バーニーとの出会いに、ユア・ソング、クロコダイル・ロック。輝ける瞬間が美しいほど、それに比例してこの後の絶望が増すんだけれど。

 

そして、タロンくんの素晴らしさ。
私はエルトンはぼんやりとしか知らないけれど、タロンは見た目も歌声も、エルトンには似ていないと思う。(当然寄せてはいる)
でもこの映画の中に完全にエルトンが生きていて、生々しくその叫びを歌うからこそ、強く心に衝撃を受ける。
演技も歌も、圧巻の一言。

盟友バーニー役のジェイミーは、こんな彼を見たらいくらでも惚れ直さざるをえない素敵さ。
演技力が彼も非常に高いので、あの全てを物語る瞳を見ていたらもうそれだけで泣けて泣けて。
エルトンにとって親友で、盟友で、天使のような存在。
ジェイミーをバーニーに選んでくれてありがとうとしか言えない。
あとファンの私でもあまり思ったことはないんだけど、この作品のジェイミーはとても綺麗。いつも通り可愛くもあるけど、すごく綺麗に撮られてて感激。

 

ちなみに、『リトル・ダンサー』との関連も忘れられない。脚本家が同じで、ジェイミーのデビュー作。当時カンヌでエルトンが涙したという傑作映画。
舞台ミュージカル化していて、作曲はエルトンが担当している。
そういう繋がりを頭に入れておいて鑑賞すると、そこここに『リトル・ダンサー』の影が見えるかも。ビリーはエルトンだし、バーニーでもあると思った。

 

その他キャストも、実在の人物は分からないけれど、とにかく全員が「この役はこの人じゃないと!」というハマり具合。
マッデンのセクシーさにゲスっぷり、ブライス・ダラス・ハワードの「自分が一番」のような母親。

 

あまりに辛くて胸が締め付けられて、初見では体調に異常をきたしたほど心に響いた映画で、哀しいけど、同時にとても愛しい映画。
あのラストは美しく、快感でもある。

また、これは「ファンタジー映画」であるとのこと。
ファンタジーとして演出している描写が、そのように描き出しているからこそ、より一層彼の精神をハッキリ表現できているんだなあと思う。彼の心の内を。

 

ただ「ミュージカルファンタジー」であるということからして、史実と異なる点は多いし、ある程度映画と現実との切り離しは必要。

それでもこの作品を観て、バーニーの存在に、エルトンの現在の幸せに、感謝せずにはいられない。
そしてこの映画を作ってくれたことに。ありがとうございます。

 

 

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以下も良ければどうぞ。言ってることはここと被ってますが。

ロケットマンに関する私のツイートまとめ

感想(ネタバレあり)

ネタバレばんばんあり。鑑賞済みの方向けです。

曲がないシーンもありますが、前後シーン含めて曲ごとに流れに沿って語ります。私が思うことをひたすら書いてるだけ。何も参考にはなりません。

グループセラピーを受けるエルトンが過去の人生を語るので、全編通して場面場面にセラピーでの彼の様子が挟まれる。
最初はド派手な衣装を身に着けていたのが、少しずつそれを脱ぎ捨てる。
話し方も、最初の方は見栄のようなことも口走っていたが、どんどん自分の気持ちに素直になっていく。
このオープニングに繋がるGoodbye Yellow Brick Roadのラストで、ここにやってきたキラキラのエルトンの衣装から、羽や飾りが少しずつ落ちる。
この演出が大好き…。
ここに来ることを自身で決めた時から、ほんの少しずつ彼の装飾は取れ、そして語り、素直になり、向き合ううちにどんどんとレジーに戻っていく。

The Bitch is Back

オープニング、サントラで聞きまくっていた『The Bitch is Back』ではなく、『Goodbye Yellow Brick Road』のメロディで幕を開ける。
輝くタイトルと共にドアを開けて入ってきた、ド派手な衣装のエルトン。
このオープニングが、上記に書いたようにラストのクライマックスに繋がるのが感涙もの。

 

とてもその場にそぐわない格好でやってきたエルトンは自己紹介を始めるが、その時の表情がなんとも。タロンくんがとにかく上手い。皮肉たっぷりで、作り笑顔で、自己嫌悪にあふれている。

 

「どんな少年だった?」の質問から始まる、エルトンの過去への旅。
現れた少年レジーは、エルトンを挑発するような笑みを向けて。エルトンは戸惑いと…どこか恐怖を感じてるような表情。自分を振り返るのが、自分と向き合うのが怖いんだろうか。

歌い踊る群衆と、呆然とたたずむエルトン。華やかでキャッチ―な歌とダンスの中、険しい表情を浮かべて少年期の自分、レジーと対峙している。
エルトンがレジーを見つめる顔は、穏やかではない。険しいもので。苦しいような、複雑なような。彼のレジーを見つめる表情で、これから辛い物語が始まるんだと観客は思う。

 

冷静に考えて、レジー少年は本当に天才だね!!

 

ジーは父の帰りを楽しみにしているのに、父のレジーに対する仕打ちはあまりに酷い。
決して虐待などはしていないけど、徹底的に関わりたくないようだし、まるで他人みたい。
親は子を愛するものだと信じたいけれど、そうではないのが悲しい。

「ハグして」という言葉は、愛情を得たい、確認したいから。「甘えるな」と実の父親に返されるのは、あまりに辛い現実。

エルトンは父との思い出を語りながら、父について「僕をハグ」「幸せな子ども時代だった」と言っていて、エルトンの見栄っ張り、強情さが見える。

 

すでに孤独を抱えたレジー少年が、ベッドでオーケストラに指揮をし、ピアノを弾く場面。
オケの皆はとても穏やかな表情でレジーを見つめていて、これが彼の求めるものだと。
さらに彼の弾く曲は「ロケットマン」。後に重要な場面に使われる、孤独を歌った曲をこの場面に採用しているのが、オケの皆の優しい表情と相まって、すごく心を締め付けてくる。

I Want Love

ジーは才能を見出され、王立音楽院に行くことになる。
少年時代のレジーにとって、重要なのはおばあちゃんの存在。彼女がいなければピアノを習うことも、王立音楽院に行くことも出来なかっただろうし、何よりレジーに唯一の愛情をそそいでくれた。

初めて王立音楽院に足を踏み入れたレジーが「帰りたい」という場面は、『リトル・ダンサー』のビリーと重なる。夢を持ってやってきたけど、自分が今までいた環境とのあまりの違いに怖気づいてしまう心。そこに叱咤激励してくれる肉親の存在。

 

両親は不仲で、ピリピリしているけど、レジーはたぶんそれを自分のせいだと思っている。子どもにこんなことを思わせる親って、なんて罪深いんだろう。
家族皆が「愛が欲しい」と歌い、それぞれに愛を欲しているのに、向いている方向は違って、家族なのに、彼らの間で何もかみ合わない通じ合わない辛さ。

 

母の浮気がばれて、父はついに出ていく。
「僕のせいだ」とレジーは言うし、今までもきっとずっとそう思ってきた。
父は別れの挨拶もなし、悲しんでるレジーのそばに来るのはおばあちゃんだけ。

 

ジーエルビス・プレスリーのレコードに出会うことによって、また人生の転換を果たすが、この辺りのエピソードを見ていると、父と違い、母のレジーに対する愛は決してゼロではないと思う。ゼロでは。
また義理の父となるフレッドも、レジーに良くしてくれているし、むしろ親は離婚、再婚して良かったんじゃないの?とも思うけど、それでも実の父からの愛を得られなかったことは、レジーの心にいつまでも深い傷を残す。

Saturday Night's Alright

母と義理の父、祖母に見守られ、パブで演奏。これがレジーの初舞台?
ここは幸せな家族に見える。

 

ジー少年もめちゃんこ歌上手いんだけど、青年レジーにバトンタッチした途端、タロンくんのあまりの上手さに、何回観ても歌い出しで仰け反る一曲。
ダンスも少し披露してるけど、群衆ほどばっちりは踊らない。踊る群衆の前でぴょこぴょこしてるレジーがかわいい。

大暴れで歌い弾け、レジー少年が歌いだしたパブに、今度は青年レジーが帰っていく。彼は今はブルーソロジーというバンドメンバーに。
そこでバックバンドのスカウトを受け、またレジーの運命は動き出す。

 

バックバンドをしている時に、レジーはこうアドバイスを受ける。
「元の自分を消して、なりたい自分になる」
これが映画の伏線のひとつに。
ジーはこの言葉を聞き、「元の自分を消して、なりたい自分になる」ために、改名を考える。
ジーを消そうとする。

Thank You For All Your Loving

自身の売り込みにきたレジー、彼はここでついにエルトン・ジョンとして歩み出す。

レイ役チャーリー・ロウ、『わたしを離さないで』のキミか!!大きくなったね!!!(笑)

Border Song

今作には数回スローモーションが使われているが、どれも彼の運命的な場面で使用される。で、最初がここ。
レイがエルトンに「この歌詞に曲を」と封筒を手渡す。バーニー・トーピンの書いた歌詞。
BGMで『Border Song』メロディー。2回目以降の鑑賞になるとこれだけで泣く。

 

エルトンとバーニーの出会いこそ奇跡であり運命。
やってきたバーニーにエルトンと名乗り、バーニーに「親しくなったら本名を」と言われた1分後には本名を教えちゃうエルトン。
話している表情からも、彼が瞬時にバーニーに惹かれ、心を許しているのがわかる。嬉しそうで。初恋の瞬間みたい(あながち間違いではない)。
本名を教えると「いいね」と褒めてくれ、皆に馬鹿にされた「ラレード通り」の素晴らしさも分かち合える。きっと感性が近く、同じ気持ちを分かち合える、唯一無二の人との出会い。
一緒に歌って笑いあう二人が可愛い。
あまりに幸せな瞬間で、そこからBorder Songをバックに描かれる二人の語らいのシーンも、幸せすぎて泣いちゃう。

 

「彼は僕の兄弟」
魂の伴侶のような相棒と出会えた。

Rock And Roll Madonna

アメリカンバンドの友人に「ホモセクシュアルだ」とばらされるエルトン可哀想。
アウティングじゃん。この時代は普通なの?
エルトンがゲイだと告げられかなり戸惑ってるらしいバーニーだけど、すぐジョークでその場を和ませる彼が好き。
「本当か?」と聞かれ「わからない」と答えるエルトン、やっぱりバーニーが初恋かな。

 

二人でウキウキアパートへ帰るシーン。踊るバーニー(ジェイミー)がビリー(リトル・ダンサー)に重なってジーン。

 

屋上での二人のシーンはまたロマンチック
「君が僕らの歌を歌うと奇跡が起こる」

バーニーにキスしようとするエルトンだけど、静かに拒絶される。
でも「君を愛してる」とちゃんと伝えてくれる。たとえ愛の意味合いは違っても、バーニーはエルトンを愛しているし、作中でエルトンに「愛してる」と言ってあげるのはただ一人、バーニーだけなんだよな。

 

ガールフレンドにゲイということを話したエルトンは、バーニーと共にアパートを追い出され、エルトンの実家に転がり込む。
ここでピアノを破壊された時のエルトンの超ビックリ顔と、バーニーの「あーあ」みたいな表情がすごく好き(笑)

Your Song

今作中最も感動する場面のひとつ、Your Songの誕生シーン。

観に行く前に特番で一曲丸々観てしまっていたこのシーン。しかも良すぎてリピートが止まらなかったよね、本編観る前から。

 

バーニーが歌詞を渡し、瞬時に曲は出来上がる。

聞こえてきた曲に引き寄せられ、弾き語るエルトンのもとにやってきたバーニー。彼の顔を上げた時の瞳がたまらない。驚いたような、ハッとしたような、心打たれた瞳。
そこからクシャっとなる笑顔もたまらない。

「君のために(this one's for you)」「君の歌だ(this is your song)」の歌詞を歌う時に、バーニーを見つめるエルトンにボロボロ泣き。
更に「君の瞳は誰よりも美しいと(Yours are the sweetest eys I've ever seen)」の歌詞の時の画面がバーニーのアップなのもたまらないし、「なんて素晴らしいんだ 君のいる世界(How wonderful life is you're in the world)」と歌うエルトンが嬉しそうで幸せそうなのもたまらない。

これは、お互いへのラブソングだと思った。
バーニーからエルトンへの、そしてエルトンからバーニーへの。愛の形は違えど。

お互いに「これは君の歌だよ」って言っている。

「How wonderful life is while you're in the world」
二人の関係性を美しく表した場面で、本当に名シーン。

Amoreena

アメリカでの初ライブ。

帽子が良いね、とダグに話しかけたバーニー、「気に入ったか?」と聞かれ「とっても(I do,like it)」って言い方が超絶可愛い。
ダグにジョークで迫られて声が裏返り気味なのも可愛い。

Crocodile Rock

アメリカ上陸のエルトンの初ステージ。

2個目のスローモーション。またエルトンの運命が変わるとき。
初ステージに上がる瞬間。

最高に楽しいし、皆が宙に浮かぶ演出が大好き。
あの場の皆が、地面から浮かび上がるほどに高揚していた。会場の皆を熱狂の渦へ。快感の高みへ。

ノリノリのバーニーとレイが大層可愛すぎる。

そしてジョン・リードの初登場。

Tiny Dancer

初ステージの成功から、パーティーへ。

親しくなった女性と立ち去ろうとするバーニー、複雑な表情を浮かべるエルトンに「いいだろ?」と聞いてるのがなんとも。
去る前に二人で酒を飲む。バーニーが彼女を見つめている時は仏頂面で、自分に視線が向くとすぐに作り笑いを浮かべる。素直じゃないのはこの時からなんだな。ゲイではない片思いの相手を引き留めることはできない。自分の本心を押し隠して、バーニーを見送る。

バーニーが去る直前にエルトンの頬にキスするのは、これまた『リトル・ダンサー』のビリーが、ゲイの友人マイケルに別れのキスをするシーンにダブる。

 

Tiny Dancerの場面は、初鑑賞時に衝撃すぎて卒倒しそうになった場面。

この曲の場面は、あまりに切なくて身がちぎれそうなほど。
私の解釈では、このシーンではエルトンがバーニーを思って歌っているように見えるから。歌詞で「She」と言ってるにも関わらず。
彼女と去っていくバーニーを、延々と追い続けるエルトンの視線。

そして、バーニー役がジェイミー・ベルであるということで、即連想してしまう「ダンサー=ジェイミー=バーニー」の図式。
エルトンが、決して叶わない恋を、バーニーを思って歌っている…。

最初のサビの「Hold me closer, tiny dancer」(抱きしめて可愛いダンサー)」の部分を歌う時なんて、スクリーンは(彼女を見つめる)バーニーのドアップですよ。
彼女を見つめるバーニー、を見つめるエルトン。

でもこれは、ジェイミーというキャスティングだからこそ沸き上がった感情なのだろうか。
つまりジェイミーとリトル・ダンサーが結びついている人は、咄嗟に私と同じ解釈に脳が働くと思うけど、このことを知らない人には、この図式は成り立たないかと?
やっぱりバーニーが一緒にいる彼女、ヘザーがtiny dancerだと思うのかしら?

 

史実としては、この曲はバーニーの最初の妻マキシンについて歌った曲。

この映画の中で曲の「彼女」のことを、バーニーと一緒にいるヘザーと解釈して、「ヘザーを思ってバーニーが書いた詩を、バーニーに恋してるエルトンが歌う」という風に考えても、どっちにしても辛すぎますが。

 

どちらにしてもバーニーを思うエルトン。そして孤独なエルトン。という図にはなる。辛い。

 

いやでも私はやはりこの映画においては、「tiny dancer」=「バーニー・トーピンを推したい。

 

しかし、ジェイミーがキャスティングされた段階ですでに脚本も使う曲も決まっていただろうから、ジェイミーが「リトル・ダンサー」だったからこの曲が採用されたわけじゃないだろう、と思う。分からないけど。
そこからジェイミーがバーニー役に決まって、その結果この場面からこういう印象を受けて、となったのは偶然の産物なのか、と思うと、個人的に奇跡的な感じを受ける。

しかしパンフを読んだら、「ジョン・リードとの出会いの場面の重要な曲」として制作側は作ってるらしき記述があって、「そうじゃないだろー!!!」と思いました私。

でもオフィシャルブックの方では、この曲についての記載で、「エルトンがバーニーが自分だけのものではないこと(中略)を身に染みて感じるんだ」と書かれており、全力で頷いた。

ちなみに何回目かに、映画に詳しくない友人を引っ張っていって鑑賞した。もちろんジェイミーのことも『リトル・ダンサー』も知らない彼女。
その際この曲のことを(私が語りつつ)聞いてみたんだけど、何も知らなくても「この曲はバーニーのことを歌ってるように見えた」とのこと。「彼女」とか「ダンサー」は比喩的な表現で。
そうか、全然知らなくても、脳内で「ジェイミー=ダンサー」と結びついてなくても、そういう風に見える(人もいる)のか…!という個人的に嬉しい発見。(ちなみにこの友人は映画自体は好みじゃなかったみたいで残念(笑)仕方ない)

Take Me To The Pilot

ジョン・リードとの対面を果たすエルトン。
この場面は制作側やマッデンのインタビューを読むと、ちゃんと(?)興味を持ってというか恋をしてというか、そんな気持ちがあって近づいてきた、という意図のようだけど、私は正直Tiny Dancerでの私自身の感情があるせいか、リードはこの時から計算でエルトンに近づいているのでは?という考えになってしまった。
バーニーに失恋したところを抜け目なく狙ってきた。そんな感じ。

 

この曲はYour SongのB面らしい。
そんな曲をリードとのベッドシーンに使うとは…鬼畜…。バーニーとの対比かな。

この曲のおかげで気まずくないベッドシーンって感じ。ロマンチックな曲はこの二人には似合わない。

この男性同士のベッドシーン、いろいろ話題になってたからどんなものかと思ったけど、男女間ならあらゆるメジャー映画で普通にあるレベル。
なのになんやかんやと言われている事実が、このエルトンの時代に比べたらまだマシになったとは言え、まだまだ同性愛者の生きづらさを感じさせた。

 

「また会える?」というエルトンに対して「それより思う存分成功を楽しめ」と返すのも、私的にはエルトンを気遣ってというより、特にエルトンに感情がないって感じがして、イラッ。

Don't Go Breaking My Heart

サントラで聞いてたよりもタロンくんの声がすごく甘く聞こえてびっくりした。惚れる。

knockでノックの振りをするのが可愛すぎてきゅんとするシーン。

そしてやってきたリードを見てしれっとした顔をしてるけどウキウキを隠しきれていないのが可愛い。

 

尚、このシーンで歌われるときは、リードもやってくるし、「Don't go breaking my heart」の部分が心に残って、「リードが…」という気持ちになるんだけど、エンドクレジットで流れる時は違う部分が心に残る。
この物語を観終えた時に聴くこの曲は、掛け合いのキキの「I couldn’t if I tried」と「You take the weight off of me」の部分の方が優しく響いて、嬉しい気持ちになるんだ。

Honky Cat

リードとの再会、激しいキスシーン。

この曲もまさにミュージカル!という場面の一つで、ここのマッデンはかなり男前度高い。
レストランのシーンとかかっこよすぎる。

贅を尽くし、華やかな世界で生きるようになり、ある種の喜びに目覚めたエルトンだけど、この場面はリードがエルトンの望みを引き出したようでいて、「リードの思うロックスターの姿」をすっと押し付けたようにも感じる。
華やかで一種の幸せはあるけど、破滅への第一歩のような印象も受ける。

「田舎暮らしとはオサラバさ」

 

Pinball Wizard

レイたちとの別れを経て、両親と対峙する。

父との対面シーンは、今作で最も辛い場面の一つ。
玄関先でお互い戸惑う。ハグは出来なくても、握手もしない。
渡したプレゼントに礼も言わない。
二度目の結婚で生まれた二人の息子たちは、父にぴったりくっついて、肩を抱かれて。自分には決して許されなかった、与えられなかった愛情を目の前で見せつけられる、こんな残酷なことがあろうか。
息子たちの、特に下の子の、エルトンを品定めするような、なめるような目つきが嫌だ…。
サインを書くエルトンを父がじっと見つめているが、一体彼は何を思っていたのだろう。
車に乗るエルトンを見送り、息子を抱き上げる父は、エルトンにどんな残酷な光景を見せているのかわかっていたのだろうか。

 

母には電話でゲイをカミングアウト。
エルトンが電話した時、母が見ていたテレビにはリベラ―チェ。
ゲイと告げた母は「知っていた」し「気にしない」と答えるが、それに続く言葉が「孤独な人生を選んだと自覚して」「誰からも愛されない」というのは、一体。この母は、エルトンに対する愛はゼロじゃないと思う、と述べたけど、でも彼女はわざわざ息子を傷つける。なんでこんなこと言うんだろう。

この母親の一言は、エルトンにとって完璧な「呪い」だ。それまでもゲイの自分に、親に愛されてると思えない自分に負い目があったかもしれない。それがこの一言で決定的になった。「ゲイであること」によって、自分は「誰からも愛されない」。実際はそんなことはないのに、母親によって、そう思い込まされてしまった。残酷だ。これが毒親か……息子の自己肯定感を奪っていく。

 

「愛には出会えない。だから求めない」 こんなことを思うようになってしまったのは、確実に母親のせいだ。

セラピーでのエルトンは、もう派手な衣装を脱ぎ捨て、バスローブ一枚の姿。自分の感情に正直な彼になってきている。

 

ステージ前、控室で鏡を見ながら薄くなってきた髪の毛を気にする。
ドラッグを吸い、アルコールを飲み、まさに死んだ魚のような目で鏡の中の自身を見つめる。
眼鏡をかけ、作り笑いの練習。
胸が張り裂けそうになる場面。

彼にとって眼鏡と衣装は鎧だ。

 

ステージ前に心配して話しかけるバーニー。
「こんな派手な衣装なしで歌いたくないか?」「本当の君らしく」「我慢するな」
バーニーはいつも、エルトンを引き戻そうとする。バーニーはエルトンと違って、レジーも愛しているしレジーの才能を信じているから、こんな言葉をかけてあげられる。

でもエルトン自身は違う。
「客が観に来ているのはレジナルトじゃない、エルトン・ジョンだ」と。
あの時「元の自分を消し」たエルトン。彼は自分を愛せないし、自信がないし、エルトンとして派手にふるまっていないと、誰からも必要とされないんだと思い込んでいる。
だからバーニーの言葉に素直に耳を傾けられない。

ただ、ここはまだエルトンには少し素直さが残ってはいる。
当たり散らしたバーニーに、「ごめん」と謝るから。「わかってる」とだけバーニーは応える。
この不安定な、激情的なやり取りを繰り広げ、エルトンはそのままコミカルな動きでステージに立ち、満面の笑みを浮かべる。
このステージに出る瞬間で号泣する私。

Pinball Wizardのあまりに激しい歌いっぷりに恐怖さえ覚える。
ぐるぐる回る世界。彼はすでに限界まできているんだ。

Rocket Man

リードとの決定的な別れ。

自宅でのパーティーだが、エルトンは一人きり。

やってきたセレブ風なにこにこのバーニーめっちゃ可愛い!!(笑)
そんな晴れやかなにこにこ笑顔でやってきて、エルトンの様子を見ると女性陣を追い出し、自身も複雑そうな顔で部屋を去っていく。エルトンが他人を拒絶しているから。

タイトルでもあるRockemanは、ここでのエルトンの自殺未遂で歌われる。
プールに沈んだ彼は、プールの底でまたレジー少年を見つける。曲の出だしを弾き語りで歌うレジー少年。
エルトンを見つめる顔は悲しそう。
エルトンが歌を引き継ぎ、彼がこの生活から抜け出したいという思いが切に伝わる。


助けられて救急車に乗せられるエルトンの目に映る、怒鳴り散らすリード、焦って心配そうな母、リードを押しのけ誰よりも気遣ってる様子のバーニー。

救急車からステージへ、歌いながら衣装を着せられ、そのままステージに立つこの演出がまた逸品。
あんなに苦しそうなのに、ステージに出た瞬間すごく笑顔。
自殺未遂から、超満員の観客の前で、孤独を歌う。
華やかなステージが、大勢の観客が、より彼の孤独を浮き上がらせているように見える場面。

エルトンはロケットとなり、夜空で弾けて花火となる。

 

プライベートジェットに乗ったエルトンは、バーニーに「少し休みたいんだ」と言われる。
「二人で一緒に消えないか」農場で、あの頃のように、やり直そう。
プロポーズかな、っていうようなロマンチックな誘い。BGMは、Goodbye Yellow Brick Road
ここでエルトンがうんと答えていたら…。あんな意地を張ったことを言わずに、もっと素直になれていたら。
バーニーは食い下がらない。ただただ悲しそうな顔でエルトンを見つめている。
仕事上での決裂。

Bennie And The Jets

ステージでの歌から始まるが、そのままクラブでのシーンに移り、かなりの倒錯感あふれる場面。虚構と破滅と贅沢と、あらゆる欲望と、すべてのピークのようなシーン。
人間がボロボロになっている姿。
そんな中思い出す、数々の言われたこと、されたこと。

 

リードとの決定的な別れの場面は、エルトンが「君が金に困っても?」というセリフが印象的。印籠を突き付けるように言うから。切り札のように。

Don't Let The Sun Go Down On Me

レネーテの、「自分をわかってくれる」感が素晴らしい。
エルトンがゲイじゃなければ、きっと彼女と幸せになれたんだろうけど、ゲイだからそうはなれなかった。
離婚後も友人として上手くやれたりしなかったんだろうか?現実でどうだったのか気になる。

 

ここで呆然と悲しみに暮れ、疲れ果てて歌うエルトンに、応えるレネーテの姿が美しく、本当に心優しい、エルトンのことをわかってあげられる人なんだな、と思える。

結婚式では戸惑った顔のバーニーが印象的。

Sorry Seems To Be The Hardest Word

レネーテとの別れの朝、BGMで流れているのもこのSorry Seems To Be The Hardest Word。
でもレネーテには「すまない」と告げることができる。
彼女もバーニーと同じ返事をくれる。ただ一言、「わかってる」と。

 

母と義理の父との会食。
母の言葉は息子を傷つける。ここまで観てきて決して愛情がゼロには見えないのに、彼女はすごくエルトンを傷つける言葉が多い。もちろんわかってて傷つけてるんだろうし、エルトンに愛もあるけど同時に憎しみもあるんだろう。
エルトンの方も母を挑発してしまっているし。
哀しい母子関係。

Goodbye Yellow Brick Road

ジェイミーの歌を聴く日が来るなんて…!という本編と関係ない気持ちが抜けない(笑)

 

仕事上では離れていたのに一緒にここで食事をしているのは、エルトンのことが心配で様子を見に来たんだろう。

リードのことを尋ねられ、「彼は僕を大嫌いだ」と言うエルトンに対し、「誰も嫌ってない」とバーニー。
オフィシャルブックではこの場面のページ(曲としてはSorry~の方)にこう書かれている。「誰もおまえを嫌ってなんかいないよ…」「…おまえ以外は」

エルトンのことを心配し、気遣い続けたバーニーが、いくら言っても意地を張り続けるエルトンについにさじを投げる。
エルトンは「一番大事な時に去った」「一番君を必要な時に」と言っているが、言葉としては素直でも、彼のこの時の態度は酷いもので。
バーニーがエルトンに決別を突き付けるのに歌うGoodbye Yellow Brick Road。オープニングでも流れ、更にバーニーとの仕事上での別れのシーンでも使われたこの曲。
辛そうに、悲しそうに歌いながら去っていくバーニー、彼が本気で去ろうとしてることに気づいてエルトンは慌てて追う。「まただ!」「辛い時に僕を置いていく!」と叫ぶ。後に一人、自身の振る舞いを後悔するエルトン。「僕は馬鹿だ」

この別れが更にエルトンをどん底に追いやり、彼はボロボロの中後悔にさいなまれる。
「バーニーが僕を裏切った」と。
ただ結果的にバーニーに決別されたことが、エルトンに自身の立ち直りを決意させる。

 

オープニングから、ここにきてこの曲が繋がる。この演出が好きすぎるし、号泣する。
羽が落ち、衣装ははがれていく。

タイトルにぴったりなのはRocketmanだが、今作で一番重要な使われ方をしているのはこの曲のように思う。

I'm Still Stannding

そしてセラピーの場面に繋がる。
すっかりジャージ姿で素になったエルトン。

「自分が嫌いだった」「愛されないと」

現れる、エルトンにとって重要な、重要だった人たち。
切っても切り離せない両親、愛してくれた祖母、ボロボロにされたリード、そしてバーニー。
ここでの会話はエルトンの心の中での対話だが、現実の彼らはこの通りの言葉を彼にかけるだろう。

[追記2020.1](両親に「僕を侮辱するな」とやっと言えた。実際、両親にこの言葉をどれだけ言いたかっただろうか。この一言、エルトンのやっと手にした自己肯定を強く感じさせて、泣いてしまう。やっとここまできたんだ…。そしてそれにバーニーが「よく言った」と認めてくれるのも…)

バーニーが現れると、エルトンは泣きそうになりながら「素直になれず…」と言うが、ここは原語だと「I never told you how much I need you」と言っていて(多分)、それがまた刺さる。どんなに君が必要だったか。
バーニーはまた「愛してる」と、そして「自分が何者かを忘れるな」と言ってくれる。まさにエルトンにとっての天使。
このバーニーの慈しみ溢れる言葉が、映画の最初の方とつながる。「元の自分を消して」という言葉。
ジー少年を消してきた彼が、自分が何者かを理解する。

彼はレジナルト・ドワイトであり、エルトン・ジョンであると。

 

彼らが消え去り、そこに現れたのはレジー少年。 

「ハグして」
決して応えられることのなかったこの要求を受けて、エルトンが抱きしめる。自身を。

素直になることは、結局自分自身を救うことになる。

愛を得られなかったエルトンが、自らを愛せるようになる。肯定できるようになる。
これ以上にこの作品にふさわしく、美しいラストがあるだろうか。

彼が求め続けた愛は、自分自身にまず与えることから始まる。

 

施設で静かに治療しているエルトンの元、バーニーが訪ねてくる。
いつものあの優しい笑みを浮かべて。

シラフの時に無能だったら、と不安に思うエルトンに、バーニーは笑い、「君が怖いのは感情が戻ることだ」「僕にウソはつけない」
いつだって、出会った時から、バーニーはエルトンの一番の理解者だった。
「兄弟だ」と言って去っていくけれど、兄弟以上の魂を分かつ者同士という感じ。

引き留めるエルトンに「自分で立ち直れ」と言い「これに曲をつけてくれ」と渡すが、これも、エルトンが完全に立ち直るにはこれが一番有効だと分かっているんだろう。
自分がずっとそばにいて励ますことではない。
シラフでも、無能じゃないと。レジーは素晴らしい才能を持っているんだと、自身に気づかせること。これがエルトンの復活に一番必要なものだ。

 

そして「魂の伴侶」のようなバーニーから渡された、その曲。I'm Still Standing。

恐る恐るピアノに触れ、弾き出すと、彼に戻る笑みと自信。嬉しそうな表情、力強い音楽。

完全なるエルトンの復活を表す一曲として、この曲を映画のラストに持ってきたのは完璧としか言えないし、本当に映画のために作られたのかと勘違いするような、作品にぴったりの素晴らしさ。

涙が止まらない。

最初にも書いたけど、この曲に限らないが、本当にバーニーが歌詞を書いてるなんて信じられない。映画を見ているとあまりにもエルトンの心情にリンクしすぎていて。

 

エルトン・ジョン本人のMVを模しているが、完コピ具合が凄い。

 

ラストのクレジットで、エルトン本人があれから幸せなことが本当に嬉しい。
素敵な伴侶、子供達も得て、どうかこのまま元気に長生きしてください。

 

ただひとつ、ちょっとだけ残念なのは、夫についての文章で「ついに本当の愛を知る」と出たこと。
リードの愛は本物ではなかったが、今なお続くバーニーとの友情は本物の愛では…?と思う、この映画を観ると。そこだけ残念かな。

もちろん「恋愛的な」パートナーをエルトンは欲していて、そんな人と出会えたことは素晴らしいこと。エルトンが自分を肯定し、愛した結果。生涯のパートナーにより、「本当の」愛を知った。
だけど、「本当の愛」もいくつもあるんだよね、とバーニーに思いを馳せながら心の中で思う。

(I'm Gonna)Love Me Again

エンドクレジットはエルトン本人とタロンくんでデュエットの新曲。作詞はもちろんバーニー。

この曲は英語苦手な私にとっては、日本語字幕を出してほしかった…とつくづく思う。
でもタイトルだけでも泣いちゃうよね。「もう一度自分を好きになる」

I'm Still Standingで映画を締めくくり、この新曲を流す、もう本当に完璧。

終わり

期待はしていたけど、本当に大好きな、人生の一本になった映画です。

エルトンの人生を語りつつ、すべての人に共通の普遍的なメッセージ。自分を愛すること。

観ていて辛さで胸が苦しくなるけど、その分ラストで救われる。何回でも観たくなる。

タロンくんの演技歌合わせてトータルのパフォーマンスのあまりの素晴らしさと、大好きなジェイミーの存在の尊さに、リピート鑑賞に拍車がかかってます。

 

多くの人に観て欲しい。是非。